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How did personal appearances contribute to
the success of the show?
キャンペーンでの出演は番組の成功にどのように貢献しましたか?
チャック・ペインターと言う人がいてね、番組の成功という点では僕たちのつぎに大切な人だったおもうよ。
なぜかと言うと、ロバートを好きだったし、賞賛してた(ルーテナントで君と一緒に仕事したからねとRVに言う、)し、
僕も僕のの家族を愛してくれた。だから、僕たちみんなにとってとても近い人で独り暮らしだった。
DM:彼は番組の広報担当でね、アンクルが始まったとき、局はあんまり好意的ではなかったんだ。
   色々動かしたりしてね。番組が生き残る可能性はとても低かったんだ。
RV:絶対生き残れる可能性なかったよね。
DM:だから、彼は番組宣伝のためのキャンペーンをくんだんだよ。
   僕たち二人がバラバラに、特にニールセン(視聴率調査)の対象のそれぞれの街に出かけて行って、それが一番重要なことだったんだけどね。
僕の場合は地方都市につくと、そこでどんなローカルイベントがあるのか調査して、
もし、そこで市長の選挙があるとしたら、
スタジオに行って、天井のバーにぶら下がって、安全ベルトもなしにね、
「なにをしていようとも、何曜日には選挙にいって、投票しよう」とかなんとか言うんだ、
カメラが下からズームして、アンクルのテーマを流すんだよ。
そんな風にローカルコマーシャルをそこで作ったんだ。
その年には僕は23000マイル飛び回ったよ毎週末ね。
全部チャック・ペイターが企画したんだ。
DM:それで、効果があったと理解してるけど。
RV:そりゃあもうもちろんだよ。
この数字が言えるのは今本をかいているからなんだけどね。
最初は8.3ポイントで全く存在してないに等しかった、
14,3にまでなったけど、まだきびしかったんだよね。
そして、だんだんとディビッドとチャックのやっているキャンペーン効果が出てきて、
そして火曜日の夜から月曜日の夜に移動させたりして、第1シーズンの再放送が始まるまでは、65年のシーズンが
放送できるかどうかはわからなかった。
そして、だんだんと親たちや大学生たちなどのクチコミでどんどん広がって行って、
クチコミの評判ががすごい効果をもたらしたんだよ。
4月から9月の再放送でに20を超えたんだ。20ポイントを超えたんだよ。
20が継続の条件だったからね。

65年の10月18日にはボナンザ・奥様は魔女・ディック・バンダイクなど僕がゲストで出た人気番組を全部抑えて全国トップに立ったんだ。
それで、この番組はしばらく大丈夫だと確信したんだよ。
それも、まちがくなく、チャック・ペイターの広報と人気上昇中のディビッド・マッカラムというスターあってのことさ。
最初のころの番組はアドベンチャーとロマンス、そして少々のユーモアがあってとてもよかったからね。
残念なことに、方向性が変わっていって、終わってしまったけどね。



*Vaughnさんだって毎週末キャンペーンに行ってたのに、こういうところでも常にDMを立てる心配りが憎いですよね。それだけ二人尊敬しあっていて仲が良いことがわかります。