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Times Online:March 27,2005
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Times Online:March 27,2005

Me and My Motors: Robert Vaughn 

    

 I like to drive a smooth old number by Mark Anstead

私と車:ロバート・ヴォーン

----上品な昔の車を運転するのが好き---- マーク・アンステッド記者

ロバート・ヴォーンは、彼の愛車ロールスーロイス シルバーシャドーが火を噴いた日のことを思い出して笑った、しかしそれが起きた時は冗談どころではなかった。その火は彼の家をも燃やしつくしてしまったかもしれなかった。その車を車庫でアイドリングさせていた時、排気装置が過熱し床のボール紙が発火したのだ。

 「娘が何か変な匂いがすると言ってやって来たんだよ。もし彼女がその匂いに気づかなかったら、きっと私の家も火事になっていただろうね。ロールス‐ロイスの工場は、このタイプの車に限っては時々コンバーターが発熱して発火する可能性を認めたんだよ。」

ヴォーンはスクリーンに登場したもっとも洗練された俳優の一人とされている。ある人は「荒野の7人」(7人のうちの存命する最後の一人になってしまった)の身なりの良い臆病者、リーを思い出すだろう、あるいは、「ブリット」のひねくれた上院議員、ヴォルター・チャルマースを思い出すだろう。しかしほとんどの人にとって、彼は「0011ナポレオン・ソロ」のナポレオン・ソロなのだ。

1960年代のこのスパイ番組は、ビートルズが訪米した時に特別にヴォーンにあることを要求したり、当時のFBI長官、J・エドガー・フーバーがアンクルに入りたいと切望する人達の手紙の洪水にさらされ、嫌ったほどとても人気があった。今日ヴォーンはBBCの詐欺師たちのドラマ「華麗なるペテン師たち」のベテラン詐欺師のアルバート・ストローラー役でまた私たちのスクリーンに戻ってきた。

「これまでに私が演じた役のすべては、ナポレオン・ソロを除いてだけれでも、私を悪役にしたものだった。」と彼は言う。「スーパーマンVでさえ悪役に配役されたからね、もっともそれはコミカルな要素があったけれどね。」

「“華麗なるペテン師たち”での役がらは法の反対側ではあるけれど悪人ではないんだよ。だから私は今の世代の人たちに完全なる新しいイメージを得たんだよ、そしてロンドンでタクシー運転手にお金を払うと、彼は親しげに“ちょっと待ってくれ、調べさせてくれよ、君たちは信用できないからね”と言うんだ。私はこの役を立っていられる限り演じたいと思っているよ。」

彼のキャリアは新しい領域に入ったけれども、彼の車にたいする趣味は数十年間変わっていない。そのシルバーシャドーは修理できないほど傷んだけれども、その車種を諦めてはいない:1980代からボーンはロールス‐ロイス シルバースパーを運転している。彼の他の車はもっと古いー栗色のリンカンコンティネンタル コンバーティブルは1962年に七千ドルで彼が購入したものだ。彼はそのデザインがとても気に入っていて、その屋根が壊れても(屋根がかからない)残しておくことに決め、夏にだけ運転し、冬はロールスを運転することにしていた。


「そのトラブルに対応したくはないんだよ」と笑う。「45才の車を修理できる人をさがして走り回るよりも、むしろ3月から10月はおろしたまま走った方が良いんだ。」

「私がその車を購入した時はずっと持ち続けるだろうと思っていたよ、外見も感じもとても良くて何か感じるものがあった。 全国デザイン賞でその年の最優秀デザイン賞を得た唯一の車なんだよ。ケネディ大統領が暗殺されたときの車と全く同じなんだよ、リムジンでないことを除いてはね。」

1960年代の格好良いソロとしてのイメージを抱いている人々にとっては、彼がアクションの人ではなく、いつも更に知的な人であったことに驚くかもしれない。彼にとっての完璧な夜は自分の書斎に閉じこもり本を読んだり執筆したりすることなのだ。1970年代に彼はハリウッドのブラックリストに関する博士号論文を完成させた、その理由のひとつは、彼が政治に興味を持っていたことだが、その問題についての調査が過去にされていなかったので、彼の分析が評価されやすいと判断したのも理由であると語った。彼のそれに関する著作はアメリカの大学での主要なテキストになっている。

彼は読書に集中したいので奥さん、1974年に結婚したリンダにハンドルを譲ることに不満はない。実際のところ、もし24時間運転手を雇うことなく、運転しない方法を見つけることができたら、彼自身はずーっと運転しなくてもかまわないと言う。

「私は運転するより、乗せて貰う方を好むんだよ、本を読めるからね。だからイギリスで仕事をするのが好きなんだ、何故ならどこにでもタクシーで行くか、あるいはBBCが運転手をよこしてくれるからね。私は車を楽しむけれど、ある意味ではそれは私にとっては二番目、三番目の趣味だね。」

1970年代のイギリスでのシリーズ「プロテクターズ」の成功を楽しんだ後、彼はヴァンデン・プラス・プリンセス、アン王女が1974年の誘拐事件から逃れたのと同じタイプの車、を購入した。 それはイギリスでは問題なかったのだけれども、当時のビバリーヒルズの彼の自宅に持って帰った時、その車が坂道に対応しないこと発見した。 それで彼はそれを取り換えたー今度は彼の突飛なイギリス好みの表現としてロンドンの黒塗りオースチンを選んだ、しかしまたまた坂道では運転出来ないことが分かった。

彼は一度も免許に汚点を残したこともないし、事故に巻き込まれたこともないと自信を持って言った、もっとも彼が16歳で運転を始めたときには試験に受かる必要はなかったのだけれども(彼は免許を単に購入した)

今彼は断固テストに賛成している。「皆試験を受けるべきだと思うよ。特に年を取ったらね」

「自分の技術がちゃんと基準に達しているかどうか判断するのが重要だと思うよ」と言う。

彼のCDプレーヤー

私は運転している時は、トークショーをラジオで聞いているよ。アメリカのほとんどのトークショーは、例がいなく、政治志向なんでね。でもブロードウエーのミュージカルも聞くよ、歌詞が好きなのでね。私の好きなブロードウエーショーは「マイフェアレディー」だね。

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